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2023年2月16日

高橋樺子 INTERVIEW |沖縄音楽旅行Vol.46 WEB版

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沖縄移住し音楽活動を始めた、なにわの歌姫
高橋樺子が平和の心を届けていく

順調に活動してきた2020年、新型コロナウイルス感染症によって活動が制限されるなか、沖縄移住し音楽活動を始めたなにわの歌姫 高橋樺子。2023年1月、満を持して第一弾シングル「さっちゃんの聴診器」を発表した。さらに4月、7月、10月とコンスタントに楽曲をリリースする予定だ。沖縄を拠点に活動する意味、そして彼女が伝えたい歌とは。高橋樺子スペシャル・インタビュー。

Interview & Text:幸田悟

──デビューするキッカケを教えてください
高橋樺子 幼い頃から歌が大好きで、大阪の音楽専門学校に進学しました。卒業後、アルバイトをしながら音楽修行してました。そして2007年、関西歌謡大賞 (レコード商組合主催の音楽祭) に出場しグランプリを受賞したんです。それがキッカケとなり2011年6月 に東日本大震災被災者支援チャリティ-のための復興支援応援歌「がんばれ援歌※」でデビューしました。復興のためのボランティア活動はいまでも続けてます。

※作詞、荒木とよひさ・もず唱平。作曲、三山敏・岡千秋。全ての印税が災害復興支援に現在も寄付されている

──デビュー以降も、テーマ性をもって地道に音楽活動を展開してます
高橋 私のモットーは「ピース&ラブ」。それを軸に歌を聴いてくださる方に寄り添ったり、そっと背中を押せるような「応援歌」を歌っていきたいと思ってます。戦後70年を迎えた2015年には、被爆の実話を元に制作した平和の尊さを訴える祈念歌「母さん生きて」をリリースしました。続いて2018年1月 、「四丁目のスナック」(カップリングで「アイラヴ 大阪」、「宗右衛門町ブルース」を収録) の発売を機に全国カラオケ事業者協会から「スナック活性化応援大使」に任命され、全国のスナックを活性化していこうと、みなさんとともにキャンペーンで盛り上げて行きました。

──順調に活動してきた2020年、新型コロナウイルス感染症によって活動が制限されてしまいます
高橋 私にとって、ここがターニングポイントになります。実は、デビューのキッカケとなった関西歌謡大賞の審査委員長を務めていらした方が、作詞家のもず唱平先生(代表作に「釜ヶ崎人情」、「花街の母」などがある)で、グランプリを頂いた年に弟子入りしたんです。それ以来、私の活動をずっと支えてくださいました。先生が、ご自身の余生を全面的に捧げて新たに沖縄を拠点に「UTADAMAレーベル」を立ち上げるということになったんです。

──「UTADAMAレーベル」とはどんなプロジェクトなんですか?
このレーベルが目指すものは『interesting』、興味を引く音楽です。芸術性やクオリティ、レベルが高いだけではなく、一歩手前に興味を引くものがあり、そこから深いところに入っていけるような音楽。数多くのヒット曲を生み出した大衆音楽の作り手であるもず先生は、冬になると沖縄で作品作りをしていました。先生にとって身近で親しみのある沖縄は『interesting』に溢れていたといいます。これまで培ってきた音楽と沖縄のチャンプルーから生まれるもの、それこそが私たちが目指す「興味が生まれる音楽」なんです。これを「ハイブリッド・ミュージック」と呼んでいます。この新しい音楽が、さまざまな垣根を乗り越えて、多くの人々に興味を抱いていただけるような音楽シーンが現れると思っています。

──それがキッカケとなって沖縄に移住し音楽活動を開始することになったんですね
高橋 そうです。コロナの影響で立ち止まることも多く、時々「こうせなあかんのかな?」という不安を持つようになったのです。どこか装っている自分がいました。そんな殻を破ってくれた場所それが、沖縄だったんです。2007年あたりから個人的にも訪れて大好きな場所でもあり、いつかは沖縄に住みたいなとも思っていたんです。その沖縄での新レーベル立ち上げに、お誘いがありましたので、迷わず表現者としてUTADAMAレーベルのスタッフの一員に加わりました。レーベルが目指すハイブリッド・ミュージック制作のためにも、沖縄の人、食文化、生活様式、ものの考え方、気候現象などを直接肌で感じることが大切だと思います。ですから沖縄移住は私にとって必然でした。単なる旅行では、得ることのできないような地元の人たちとのつながりが、何よりも心強い後押しとなっています。もちろん、これまで自分を支えてくれた大勢のファンのみなさんにも、恩返ししたいと思います。この沖縄での音楽活動を通して、歌でメッセージを伝えることこそが、私の使命です。

──沖縄に移住して感じるカルチャーショックなどありますか?
高橋 約束の時間に遅れても許してくれる。それがいいなと思いました。初対面でも仲良くなれる「イチャリバチョーデー」という文化など、ショックというニュアンスではなく、ポジティブな感覚で、自分にフィットしている場所だなと思いました。

──2023年1月、満を持して第一弾シングル「さっちゃんの聴診器」を発表しました
高橋 大阪 西成に実在した女医 矢島祥子さんの半生を、作詞家もず唱平先生が描いたドキュメンタリーです。実は矢島祥子さんは、沖縄で研修医として働いていました。研修後、大阪の病院に就職し、そのころからボランティア活動に目覚め、大阪市西成区のあいりん地区にてホームレスの支援活動に従事することになります。その活動ぶりが好評を呼び、「西成のマザー・テレサ」との異名までつきましたが、2009年に志半ばで他界されてしまいます……。私にとって5年ぶりのシングルとなる「さっちゃんの聴診器」は、新たなるスタイルの平和、幸せを求めた作品です。 沖縄にゆかりのある矢島祥子さんの思い、「もっと生きたかったこの町に、もっと生きたかった誰かの為に」というメッセージをたくさんの方々に歌で届けたいと思ってます。実兄にあたる三線プレーヤーの矢島敏さんが作曲を担当してます。

──これからの沖縄での音楽活動が楽しみです。今後の展開を教えてください
高橋 コンスタントに楽曲を発表していきます。4月には、「ウートートゥ」をリリース予定です。作詞は、沖縄出身の 仲宗根健さん。沖縄に語り継がれるエピソードを流行歌のスタイルでまとめていただいてます。作曲は矢島敏さん。沖縄の言葉で祈りを表す「ウートートゥ」の響きと意味を大切に、メロディーに乗せた現代風の民謡歌となってます。レーベルが目指すウチナー(沖縄)とヤマトゥ(日本)のハイブリッド音楽が具現化できた作品だと自負してます。続いて7月に「うりずんの二人」(作詞 高林こうこ 作曲 田中裕子)をリリースします。沖縄を舞台に展開する恋愛ストーリー。UTADAMAレーベルの基本サウンドでもある三線の音色を背景に、憧れの沖縄に嫁ぐ主人公の女性の胸中を繊細かつ大胆に歌い上げるメロディーに仕立てました。さらに、「人生は歌」を10月に発表します。作詞はレーベルの創始者 もず唱平先生。先生曰く、「2020年冬、例年通り、肌寒い大阪を離れて、暖かい沖縄で仕事をしていました。コロナウィルスの猛威に国際通りは閑散とし、店は多くが閉店して、食事をするにもひと苦労する有様でした。そんななかで、人生において歌の持つ意味を、改めて振り返り綴った作品」。私にとっても「歌とは何か」を改めて問いながら心を込めて歌っていきたいと思います。まさに歌は、私にとって心の糧です。

──どの曲も楽しみです。リリース以外にも計画している活動プランがあれば教えてください
高橋 リリースすることが最大のプローモーションだと考えてます。ワン・クール、ワン・シングルリリースを、チーム一丸となって実践します! そして並行したライブ、コンサート活動を展開し、より大勢の人に手渡しで歌に込められた思いを届けていきたいと思います。

──今号から沖縄音楽旅行で連載コラム「高橋樺子のウチナーしまぐくる」もスタートしました!
高橋 このコラムをキッカケに、三線奏者の矢島さんとともに沖縄のさまざまな場所を訪ね、私たちの音楽を通して、いろんな人と交流したいと思います。地元沖縄の人の島の心に触れ、感じたことを徒然なるままに綴っていきます。

──最後に読者にメッセージをお願いします
高橋 あきらめてしまってる人たちを、歌を通して応援したいと思ってます。私自身も浮き沈みがありましたが、あきらめずに高橋樺子を続けてます。そうすることで少しずつではあるけど、心が豊かになってます。あきらめなければ大丈夫。もう、あきらめることをやめませんか。

【高橋樺子 PROFILE】
2007年関西歌謡大賞 (レコード商組合主催の音楽祭) でグランプリ受賞。 2011年6月 「がんばれ援歌」でデビュー。2015年、戦後70年目を迎え、平和の尊さを訴える祈念歌「母さん生きて」を発表。これは被爆の実話から誕生した曲。2018年1月 「四丁目のスナック」、「宗右衛門町ブルース」 を発売。 2022年より、沖縄に活動拠点を置き、島唄とやまとうたを融合した新しい音楽を追求する作詞家、もず唱平氏の下、自身も三線、三板等の演奏に挑戦中。2023年1月「さっちゃんの聴診器」をリリース。季刊誌「沖縄音楽旅行」にてコラム「高橋樺子のウチナーしまぐくる」連載中!!
高橋樺子 Official Website
Official YouTube
Official Blog

2023年2月19日(日)、国際通り商店街 むつみ橋にて開催
高橋樺子が1月26日にリリースする沖縄発第一弾シングル「さっちゃんの聴診器」の発売を記念したライブ『「さっちゃんの聴診器」発売記念ライブ IN 沖縄 (国際通り)』が2023年2月19日(日)、国際通りスターバックス横にて開催。出演は、高橋樺子のほか、作曲者でありさっちゃんの実兄 矢島敏 (G 三線)、藤田武浩(G Vo)、もず唱平(作詞家)。さらにゲストで照屋政雄、ヤンティようこ(歌三線&ウクレレひき)、石川真也、仲宗根健が参加。ハートウォーミングなライブになります。ぜひ、ご家族で国際通りに足を運んでください。

「さっちゃんの聴診器」発売記念ライブ IN 沖縄 (国際通り)
日程:2023年2月19日(日)
時間:13:00〜16:30 ※雨天中止
場所:国際通り スターバックス店舗横
出演:高橋樺子(Vo)
   矢島敏 (G 三線)作曲家・琉球民謡登川流師範
   藤田武浩(G Vo)
   もず唱平(作詞家)
ゲスト:照屋政雄、ヤンティようこ(歌三線&ウクレレひき)
    石川真也、仲宗根健

もっと生きたかった誰かの為に……
「平和に生きてゆく」意味を、改めて考えさせられる作品

「さっちゃんの聴診器」の主人公である大阪 西成に実在した女医 矢島祥子さんの半生を、作詞家もず唱平氏が描いたドキュメント。沖縄で研修医として働いていた矢島祥子さんは、研修後、大阪の病院に就職し、その頃からボランティア活動に目覚め、大阪市西成区のあいりん地区にてホームレスの支援活動に従事することになった。その活動ぶりが大変好評で、「西成のマザー・テレサ」との異名までついたが、2009年に不可解な死を遂げてしまう。実兄にあたる作曲の矢島敏氏は、真実を解明する活動を起こすなか、この町には欠かせない応援歌「釜ヶ崎人情」の作家もず唱平氏と出逢い、意気投合、今作品の発表に至った。この歌のメッセージ、それを伝えてく使命を授かったのは、なにわの歌姫 高橋樺子。高橋は、2022年に沖縄に移住し沖縄を拠点に世界中に平和のメッセージを届けたいと準備を重ねてきた。彼女にとって 5年ぶりのシングルとなる「さっちゃんの聴診器」は、沖縄での活動の幕開けの曲であり、平和をテーマに歌い続けてきた彼女にとって、また新たなるスタイルの平和を求めた楽曲でもある。 「もっと生きたかったこの町に、もっと生きたかった誰かの為に」というメッセージが、いまの世の中で「平和に生きてゆく」という意味を、改めて考えさせられる。軽快なリズムと美しいメロディーに乗せて、高橋樺子が軽やかに歌い上げている「さっちゃんの聴診器」、令和の名曲がここに誕生した。

【高橋樺子/さっちゃんの聴診器】
ARTIST:高橋樺子
CD TITLE:「さっちゃんの聴診器」
RELEASE: 2023年1月26日 
PRICE:1,000円(tax in)
CODE:YZUD-15001
詳細:UTADAMA MUSIC OFFICIAL WEBSITE

高橋樺子「さっちゃんの聴診器」Music Video

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