
沖縄の民謡界のビッグスターの夢の共演!
奇跡のデュオ・アルバム、登川誠仁&大城美佐子『デュエット』アナログ盤リリース!
沖縄民謡界の風雲児と呼ばれた登川誠仁と「絹糸声」(いーちゅぐい)と呼ばれた美声の持ち主 大城美佐子との奇跡のデュオ・アルバムCD『デュエット』が、2012年にリスペクトレコードからリリースされて13年。この名盤がレコードの日となる2025年12月6日、アナログ盤としてディスクユニオンから発売され蘇るることが決定!!
長きに渡り沖縄民謡界で活躍して来たビッグ・スターふたりによる、唯一の共演アルバム。本作のレコーディングのプランが具体的に話し合われたのは、2012年5月18日。登川誠仁宅に大城美佐子が訪れ、収録曲に関して打ち合わせを実施。その日の内に、レコーディング日程を6月2日〜4日にする事が決定! まさに「気が熟したならすぐに」と言った雰囲気だった。
レコーディングは沖縄市山里のサード・ガレージ・スタジオにて、ふたりが顔を見合わせ、一発録りで録音。収録曲はカチャーシー曲の「谷茶前」、「ハリクヤマク」、沖縄民謡の傑作にして大スタンダード曲の「ナークニー〜山原汀間トゥー」、「海ぬちんぼうら〜赤山」など、名曲揃いだ。歌詞は「アドリブのセイ小(セイ小=登川誠仁の愛称)」の例えよろしく、即興で繰り出されるものもあり、特に「ナークニー〜山原汀間トゥー」は聴き所。
ふたりの歌三絃をありのままに伝える、生き生きとしたライブ感溢れる本作は、沖縄民謡の真髄を伝える一枚であり、数ある沖縄民謡のアルバムの中でも、特に後世に残しておきたい一枚と言える。
滋味溢れるふたりの歌三絃を、今回リリースのアナログ盤にて、心ゆくまで味わってもらいたい。
【登川誠仁&大城美佐子/デュエット】
ARTIST:登川誠仁&大城美佐子
CD TITLE:『デュエット』
RELEASE:2025年12月6日
PRICE:4,620円(tax in)
CODE:RESDU-003
詳細:ディスクユニオン 登川誠仁&大城美佐子『デュエット』Website
備考:初回完全限定盤
アナログ盤用の選曲(すでに発売されているCDとは異なります)
詳細なライナーノート、歌詞・ 対訳を封入! アナログ盤オリジナルジャケット仕様
【登川誠仁&大城美佐子『デュエット』収録曲】
Side A
A1.ハリクヤマク A2.ナークニー~山原汀間トゥー A3.デンスナー節ー
A4.大願口説 A5.ひじ小節 A6.白浜節
Side B
B1.伊計離り節 B2.ぬチンボーラー~赤山 B3.ヤッチャー小
B4.谷茶前~勝連節 B5.早口説(春の踊り) B6.伊佐ヘイヨー~デンサー節
【中川敬(ソウル・フラワー・ユニオン)コメント】
沖縄民謡の巨星2人の夢の共演、心より待ち望んだ至宝のアナログ・レコード化だ。ゼロ年代、登川さんのコザの自宅へ遊びに行く度に、「登川さん、美佐子さんとふたりでレコーディングしてくださいよ~」と折に触れて進言していたのである。俺、エラい! 実現したのは2012年の若夏。80歳の登川誠仁と76歳の大城美佐子が、戦中戦後の沖縄の歩みを人々の記憶の画布に描き出すような、宙空に跳躍する唄声と三線による音曲の美は驚異的だ。寄り添う、よなは徹の島太鼓も素晴らしい。図らずも、登川誠仁の遺作となった本作、すべての音楽ファンに届けたい。
【登川誠仁 PROFILE】
1932年兵庫県尼崎市に生まれ、本島石川市東恩納に育つ。少年時代から音楽〜芸能の才に長け、親に隠れながら歌や三線を独学した。16歳で当時の主要劇団の一つであった松劇団へ地謡の見習いとして加わり、その後珊瑚座などの人気劇団で修業に励んだ。1957年、小浜守栄、喜納昌永らと共に琉球民謡協会を設立する。同年、神童と謳われた12歳の少年、知名定男が登川に弟子入りする。1970年声楽譜付の楽譜=工工四である民謡端節舞踊曲工工四を発表する。1998年、琉球民謡協会名誉会長となる。1999年、準主役として登場した映画「ナビィの恋」が沖縄映画史上ダントツの人気をさらった。2002年には映画「ホテルハイビスカス」に出演。2004年には弟子の知名定男と大阪ドームで共演する。2008年、オリジナルソロアルバムとして約6年振りの作品『酔虎自在』をリリース。2010年にはアルバム『歌ぬ泉」を、2011年には2枚組ライブアルバム『登川誠仁ライブ!〜Just One Night at CAY 2010.8.29〜』をリリース。2012年には大城美佐子との共演作『デュエット』をリリース。2013年3月に死去。主な受賞歴として琉球民謡協会第一回功労賞、沖縄県指定無形文化財に認定などがある。
【大城美佐子 PROFILE】
沖縄民謡歌手の重鎮。1936年大阪市大正区北恩加島生まれ、名護市辺野古育ち。幼少期の頃は昼休みに大人が置いている三線を自己流に弾いていた。祖父や親戚に古典音楽の名人を持ち、20歳頃から古典や舞踊を習う。島唄の神様と言われる嘉手苅林昌や小浜守栄の追っかけもその頃の事。普久原恒勇や上原直彦らに強く勧められ、知名定男の父、知名定繁に弟子入りして民謡の道に進む。1962年シングル「片思い」でデビュー。その伸びやかな高音が「絹糸の声」と評され大ヒットとなる。やがて三線1本を抱えて東京、神奈川、大阪など内地を長らく彷徨の後、沖縄に戻り、民謡界の至宝、嘉手苅林昌とデュオを組む。1973年には東京公演(嘉手苅林昌らとジャン・ジャンほかで)。1975年、琉球フェスティバルに出演。1997年には登川誠仁、知名定男のバックアップを受け2枚組大作『絹糸声』をリリース。1999年公開の「ナビィの恋」や「夢幻琉球つるヘンリー」など映画にも出演。2011年には弟子の堀内加奈子とのジョイントアルバム『歌ぬ縁』をリリースし話題となる。2017年には芸道60周年を記念したアルバム「島思い~十番勝負」をリリース。同年、第15回宮良長包音楽特別賞(琉球新報社主催)を受賞。2021年1月18日に84歳で死去。那覇市で民謡ライブハウス「島思い」を経営し、若手の唄者との共演や指導にも尽力した。
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